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横浜地方裁判所 昭和30年(ワ)998号 判決

原告(八四六名選定当事者) 相原順 外一名

被告 新日本飛行機株式会社

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告等訴訟代理人は、被告は別紙第一、第二選定者目録表示の選定者等に対し、別紙第一、第二目録中各選定者に対応する「賃金」欄表示の各金員及びこれに対する昭和三〇年九月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。

第二、請求の原因

一、原告相原順は別紙第一選定者目録表示の、原告名川忠志は別紙第二選定者目録表示の各選定者等によつて選定されたものであるが、右選定者等はいづれも被告会社の従業員であつて、別紙第一、第二目録の「一時間当り給料」欄記載の各時間給により、一日八時間労働とし一ケ月分を翌月一〇日支払の約で同会社追浜工場に勤務するものである。

二、選定者等は、いづれも左記のとおり各その記載の日その記載の部所において、別紙第一、第二目録中各選定者に対応する「労働した時間」欄表示の時間労務に服した。

(選定者の表示)

(労務に服した部所)

(労働の年月日)

第一選定者目録 一―七三

補給部部品課発送係

昭和三〇年八月一五日

同       七四―一〇七

同課総括インベントリーセクション

同月一六日

同       一〇八―三一一

同課受領係レシービングドッグ、

同課貯蔵係ビンセクション、及び

補給部車輛課磯子車輛係

同月一七日

同       三一二―三八一

補給部部品課貯蔵係ゾーン七、

管理部管理課総括係及び

同課補給係インカミングセクション

同月一八日

第二選定者目録 一―一五四

補給部部品課再生係OVMセクション、

RIIセクション、ラッピングセクション、

クリーニングセクション及び

アドミニストレイションセクション

同月一九日

第一選定者目録三八二―三九九

同課貯蔵係エリヤDセクション及び

エリヤEセクション

同月二二日

第二選定者目録一五五―四一三

補給部車輛課追浜車輛係

(池子エリヤを除く)

同月二四日

第一選定者目録四〇〇―四三三

補給部補給係及び補給部部品課貯蔵係

エリヤLセクション

同月二五日

三、そこで被告会社は選定者等に対し、別紙第一、第二目録中各選定者に対応する「賃金」欄表示の各金員を支払うべき義務がある。にも拘らず、被告はこの支払をしないので、原告等は右賃金及びこれに対する弁済期の翌日である昭和三〇年九月一一日から完済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を被告に求める。

第三、被告の答弁

一、請求原因事実中第一項の事実は認めるがその余の事実は否認する。

二、選定者等がかりにその主張の各時間労働したとしても被告は次の理由で選定者等に対し本訴請求の賃金を支払う義務はない。

1  すなわち、被告会社は昭和二五年七月から在日米軍横浜兵器廠(昭和二九年七月一日以後は追浜兵器廠)に対し、車輛及び部品の選別修理保管に関する役務を提供して今日に至つているが、被告会社と米軍調達部との調達業務契約により、第七次(昭和二九年七月一日から翌三〇年六月三〇日まで)及び第八次(昭和三〇年七月一日から翌三一年六月三〇日まで)においては、会社の役務提供に対する米軍調達部からの報酬(補償)について所謂「時間資材契約」(タイムアンドマテリアル方式)が採用され、原則として被告会社が雇傭する従業員の実働時間をもつて補償の主たる対象とし、別途に会社が米軍に提供または調達する少額の補助資材は実費算定方式をもつて支払われることとされ、右従業員の労働時間を証明する方法は労務者のタイムカードの打刻のみによるものと定められていた。このような事情から被告会社と選定者等従業員の間では、昭和二九年七月一日以後選定者等各従業員は会社への出退時に必ずタイムカードを打刻するとの合意がなされていた。そしてこのタイムカードの打刻は、これが被告会社が米軍調達部から報酬を受けるための唯一の証拠方法であることから、被告会社と選定者等の労務契約の重要な要素をなしているものである。

2  ところが昭和三〇年八月八日被告会社が選定者等所属の組合(日本労働組合総評議会全国金属労組神奈川地方本部新日本飛行機支部、以下組合と略称する。)の書記長等組合幹部三名を懲戒処分に附したことに端を発し、組合はこれに対する争議行為として請求原因第二項に主張する1から8の各日に、各これに対応する選定者等に対し、退出時のタイムカードの打刻拒否を指令し、この指令を受けた選定者等は、各その主張の日の退出時にタイムカードの打刻を拒否した。

3  ところでこのような争議行為は労働者において賃金を取得しながら被告会社の在日米軍調達部に対する報酬請求権を失わせ、もつて被告会社に打撃を与えることを目的とするものであつて、このようなことができるとすると、被告会社のみ莫大な損害を被むり、ついには企業を破滅に導くこととなるから、労資対等、フエアープレイの原則を前提とする労働法規の趣旨に反し、許さるべきでない。それ故このような違法な行為に対し、被告会社は選定者等に対し賃金を支払う義務を負担しない。

4  かりにしからずとしても、被告会社と選定者等の労務契約においては、出退時におけるタイムカードの打刻がその重要な要素になつているものであり、選定者等はこのうち退出時の履行を拒否したのであるから、かりにその主張のように労務に服したとしても、これは未だ不完全な履行であつて債務の本旨に従つたものとはいえない。そして右労務の提供も前記調達業務契約の内容に照し、被告会社に何の利益も与えないばかりか、かえつて作業上の費用を支出させるものであるから、債務の履行は無かつたも同様である。それ故、被告会社は選定者等に対し、これに対する賃金を支払う義務を負担しない。

5  かりに右主張が理由がないとしても昭和三〇年三月二十六日、被告会社と選定者等の間において、翌四月一日以降は選定者等が出退時にタイムカードを打刻しないときは、故意過失の有無を問わずその日の賃金を支払わないという合意が成立した。そして選定者等は前記のとおり退出時のタイムカードの打刻をしなかつたのであるから、被告会社は選定者等に対し、この日の各賃金を支払う義務を負担しない。

第四、被告の主張に対する原告の答弁

1  被告主張の二の1の事実中被告会社と在日米軍調達部の関係については知らない。被告会社と選定者等との合意の点については否認する。

2  同2の事実は認めるがその余の事実はすべて否認する。

3  被告は賃金を支払わない理由として争議行為の違法をいうが、争議行為が違法であることから当然に賃金を支払わなくてよいという理由はない。また労使対等は労使の力が対等であることや、争議行為による損害が対等であることを意味するものではないから、被告会社の蒙る損害が莫大であつても、その故に争議行為を違法とすることは当らない。

4  近代労働関係においては、出来高払制等の例外を除いて、賃金は労働時間に対して支払われるものであつて、労働の結果に対して支払われるものではない。労務の提供が契約の本旨に従つた履行の提供となるか否かも、労務を所定の時間提供したか否かのみにかかるものであつて、提供された労務の結果いかんにかかるものではない。本件においても、被告会社の給与規程によれば、その第一〇条に「基本給は時間給とし、稼動時間に応じて支給する」と定めているほか、他の諸手当についても単に労働時間を労働したことによつて、支給されることになつており、他の理由によつて支給されるものではない。殊に本件において問題となつているタイムカードの打刻について、打刻の有無が賃金の計算に関係することは何も規定されていない。従つて本件の労務契約においては打刻をしないことによつて賃金の全部または一部の支払を拒むことはできない。

第五、証拠〈省略〉

理由

一、選定者等がいづれも被告会社の従業員であつて、別紙第一、第二目録の「一時間当りの給料」欄記載の各時間給により、一日八時間労働とし、一ケ月分を翌月一〇日支払の約で、同会社追浜工場に勤務するものであることは、当事者間に争いがない。そして成立に争いのない甲第五号証の一から二六、甲第六号証の一から一七に原告相原順本人尋問の結果を綜合してみると、選定者等がその主張の各日その主張の時間各その部所において労働したことを認めることができる。そこで以下被告の主張について判断する。

二、被告は被告会社と選定者等の労働契約においては、選定者等が所定の時間所定の部所で労働することの他、出退時にタイムカードを打刻することがその重要な要素になつていたと主張するので、先づこの点について考えてみるのに、成立に争いない乙第五、第七、第八、第一二、第一六、第一八号証及び、証人大木佐男の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一ないし第四号証、第六、第九、第一〇、第一一、第一七号証に証人大木佐男、同鬼頭弘の各証言及び原告相原順本人尋問の結果を綜合してみると次の事実を認めることができる。

被告会社は昭和二五年七月から在日米軍横浜兵器廠(同二九年七月一日以後は追浜兵器本廠)に対し、車輛及び部品の選別保管に関する役務を提供して今日に至つている。右役務の提供については、当初日本政府特別調達庁が米軍に対する役務提供の当事者となり、会社は特別調達庁と所謂調達業務契約を締結し、特別調達庁から報酬を受ける形態をとつていたが、昭和二五年九月以後は会社と在日米軍調達部との直接調達業務契約に更められ、以来右契約は今日迄数回改訂されている。右契約の改訂にともない、役務提供に対する米軍の報酬の内容も今日迄数回変更され、特別調達庁時代には「実費積算式」と称し、会社が実際に支払つた労務費または提供した資材諸経費に一定の利潤を加えた金額の支払を受けたが、在日米軍調達部と直接調達業務契約を締結するようになつてからは、「単価計算方式」をとり、会社が発送または受領する車輛部品資材等の需品量を重量に換算して一トン当りの単価の方式によつて支払われていた。しかし昭和二九年七月一日に始まる第七次調達業務契約においては、右方式は所謂「時間資材契約」(タイムアンドマテリアル方式)に更められ、会社の受ける報酬は会社が雇傭する従業員の実働時間に対して支払われ、別途に会社が提供または調達する少額の補助資材については実費算定方式をもつて支払われることになつた。そしてこの方式は第八次調達業務契約(昭和三〇年七月一日から翌三一年六月三〇日まで)においても受継がれた。この方式の採用にともない、被告会社と在日米軍調達部は第七次、第八次調達業務契約書の各第一項B項において「契約当事者は納入命令書に基いて詳細且つ精確な会社諸記録を作成管理し、労働時間は個人別の日々の作業時間を記入するタイムカードにより証明されることが必要であり、そのタイムカードには作業を行う労務者が署名するか或いはタイムレコーダーによつて時間を打刻するものとし、且ついかなる場合においても実際支払の証拠による裏付がなされなければならない」旨を約定し、右タイムカードについては在日米軍調達部からタイムレコーダーによる打刻だけによるよう指令され会社はこれに同意した。こうして以後、会社が米軍に対して役務提供の報酬を請求するについては、労務者のタイムカードの打刻が唯一の証拠となつたので、被告会社は昭和二九年七月一日就業規則を改正し、その第一六条において「従業員は出勤退勤の時刻をタイムカードに打刻しなければならない」と規定し、選定者等を含む会社従業員に対し出退時にタイムカードを打刻するよう指令し、達示回覧等をもつてその趣旨の徹底を計つた。米軍調達部もまた会社に対する支払の正確をきするため軍経理部内に基地監視員を設け、臨時随所において個々のタイムカードを調査し、労働時間計算上の資料とした。こうした会社の措置に対して選定者等を含む従業員は敢えて反対の意思を表明することもなく、以後出退時にはタイムカードを打刻するようになつた。ただその施行の当初は、従業員が不慣れのため、打忘者の数が多くて右契約の趣旨を徹底できず、米軍調達部も打忘届の提出によつて会社にその分の報酬を支払い、会社もこれに賃金を支払つていた。しかしながら被告会社のその後の趣旨徹底の努力にもかかわらず、打忘者が後を絶たなかつたため、遂に昭和三〇年三月一六日米軍調達部は被告会社に対し、以後の打忘者に対しては報酬を支払わない旨通告し、被告会社は以後打忘者の報酬を米軍に請求できなくなつた。そこで被告会社も同月二六日組合に対し、翌四月一日以後の打忘者には賃金の支払をしない旨を申入れ、組合はこれに異議を述べて、折衝の結果、昭和三〇年四月一日以後善意の打忘者に対しては会社において通常の賃金の四分の三を支払う旨の合意がなされた。その後もタイムカードの打忘者は後を絶たず、従業員総員四二〇〇余名中一ケ月に多いときで一〇〇件を超えるときもあり、通常五〇件から二〇件の打忘者を出したが、これらに対しては、出勤時の打忘は打刻するまで遅刻として取扱い出退時とも打刻を忘れたときは欠勤として取扱われ、その分の賃金は支払われていない。そしてこのような措置に対し組合は敢えて反対することもなく経過していたが、たまたま昭和三〇年八月被告会社において組合幹部三名を懲戒処分に附した際、これに対する争議行為を協議の結果、組合員が退出時のタイムカードの打刻を拒否すれば、会社は米軍から報酬を受けられないのに対し、会社は組合員に賃金を支払わなければならないものと判断し、その打刻を拒否する方針を定め(いわゆる打刻スト)これを実施した。

そこで右認定事実に基いて考えると、第七次調達業務契約以後において、労務者のタイムカードの打刻は、被告会社にとつて報酬を請求する条件として極めて重要な意味を持つていたこと、選定者等を含む従業員は右事情を了知したうえ、会社の指示により、以後極めて少数の打忘者を除いて毎日この打刻を続けて来たのであつて、少なくとも昭和三〇年四月一日以後においては、被告会社と選定者等の間において、出退時にタイムカードを打刻することの合意が成立していたばかりか、これが労働契約の重要な要素をなしていたということができる。すなわち、従業員のタイムカード打刻は、その従業員が現実に勤務した時間を証明する手段にすぎないのが普通の例であるが、本件ではこれに加えて、会社に対し米軍から報酬を取得させるため、必ず履行されなければならない従業員の労務(一種の仕事)となつていたことがわかるし、このことが従業員の了知するところで、その趣旨で打刻の励行を命ぜられてきているものである以上、会社と従業員との間の労働契約においても、それは、他の長時間にわたる本来の労務と並んで、これに劣らぬ重要な労務の内容となつたものとみるべきである。それ故、右いづれか一部の労務の提供があつたとしても、残る他の部分の労務の履行がないとなると、会社が報酬を取得できない点で、全然労務の提供がなかつた場合と同じであり、右報酬を得ることを本質的な目的として米軍に役務を提供している被告にとつては、前記一部の労務提供に価値を認めるに由なく、これをもつて、労働契約の本旨に従う履行とすることができないこと当然である。してみると、原告主張の各日選定者等がいづれも退勤時にタイムレコードの打刻を拒否したことは当事者間に争いのないところであるから、選定者等においてこれが履行を拒否した以上、かりに所定の時間所定の部所で労務に服したとしてもそれはなお労働契約の本旨に従つた履行がなかつたものといわなければならない。

被告はこの点につき、先づ右争議行為が違法であるから賃金を支払う義務がないと主張するが、争議の違法が直接賃金請求権を左右するものではないからこの主張は理由がない。

しかしながら選定者等の労務提供が右のとおり不完全であつて、被告会社に対し何の利益も与えず、全くの不履行と同視すべきものである以上、被告会社はこれに対する対価として賃金を支払う義務を負担するいわれがない。原告等は賃金が時間によつて支払われることを理由に、労務の提供は完了したと主張するが、賃金算定の基礎が時間によることは、労働契約において特殊な労務の内容またはその提供の方法を定めることと矛盾するものではないから、そのことをもつて、右認定を左右する理由とはならない。それ故被告の主張はこの点において理由があり、原告の本訴請求はその余の判断を待つまでもなく失当として棄却されるべきものである。

よつて原告等の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山村仁 森文治 千種秀夫)

(別紙省略)

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